2013年8月28日水曜日

山の怪(やまのけ)その2

「山の怪(やまのけ)その1」のつづき。


夜が明けた。
湿度が急激に低くなってきて、体が冷えてくる。
山寺を通りすぎて山頂を迂回する巻き道に入りここの山系の更に奥へ進むことにする。


山頂には多分、誰かしら居るだろう。そういう山だ。休日の昼間は登山者で渋滞し、山頂はディズニーランドと変わらないと聞いた。
人混みは嫌いでは無いけれど、山では誰にも会わない方が好きだ。
ほとんどの人は山頂から奥に行かないが、それでも朝の時間帯でも誰かしら会うことが多い。
しかし今日は更に早い時間なので誰も居ないだろう。
風は無い。鳥のさえずり、自分の足音も聞こえる。



「夜のあの感じはなんだったのだろうか?」



答える声は無い。
「山の怪(やまのけ)」は夜のあの押し潰されそうな空気とともに消えたのだろう。
思っていた通り、誰にも会わない。その方が良い。
ベンチ、売店のテーブル、トイレ、全て独り占めだ。


そんなトイレで用をたしている時、外に気配がある。
「誰か来たのだ」と感じた。
トイレの外に出るが、誰もいない。
人どころか動くものは何も無い。気のせい。
更に奥に進む。取り敢えずの目的地は約1時間程先の茶屋だ。
細かいアップダウンを歩く。足元がぬかるんでいるので注意が必要だ。なんか飽きてきた。
ふと、5メートル程先の草が目にとまった。


葉が動いている。風に揺られるように。
しかし、風が吹いているようには感じない。
その草とぬかるんだ足元に気を付けて歩く。草が近づく。どうやら葉は、くるくる回っているようだ。
回っている葉を良く観察してみようと更に寄ると、もう動いていない。
「確かこの草だ。虫かなんかが回してたのか?」「それとも風?」覗きこむと、、、花のつぼみが顔に見えてはっとした瞬間、




   「おまえが来た時、動きは止まった」


あの声だ。
待っていたのか?いや、解った!
さっきのトイレだ!
わしは何かが来たと感じたんだった。人であれば近づいて去っていく気配のはずだ。
感じたのは明らかに「来た」という気配だ。目的はわしだったのだ!

「来た時に動きが止まった」とは?
なぜ動いていたのかの答えは?

その時、上から「ざあああーー」。


木の枝が上下に波打って朝露を吐き出しているのが見えた。そしてすぐにその木の隣もおなじように上下に揺れ始めた。脈拍数が上がっているのが解る。上を見ながら歩くと危険なので足元を見る。


そして歩き出す。何が起こってもわし一人しかここにはいない。
何が起きていても出来ることは歩いて先を目指す事だけだろう。



道の両側にわしの目の高さの長い葉の草の群生がみっしり生えている。
その葉も上下に波打っている。


わしは風が吹いているんだろうと思うことにした。感じない程度の空気の流れがあるんだ。


   「こんなに揺れるわけないだろう?」


うるさい。風が吹いているんだ。
「怪(け)」が来ているのであれば風を感じない状態にされているんだ。夜に音がおかしくなったと同じように。
取り敢えずそう思ってしまえば、どうということはないが、再び声が聞こえる。


   「確かめてみれば?」


そうだ。
確かめる事ができる。
手や帽子であおいでみればいいのだ。
しかし、出来ない。
もし、風が普通に出たら?
今、目にしている草木の踊りはどう解釈すればいいのか?


その答えは見つからない。
花が笑っている!


確かめようとしないわしの頭の中を見透かされているようだ。
息が止まる程急いで歩く。
いきなり広い所に出た。



茶屋があった。
つづく、、、

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